奥会津ゼミ

店主の隣人がハシノハシにて不定期に開催。

勉強が捗ればそれなりに。捗らなければ沈滞します。

過疎への対応策って何だろう。

ある日突然、何かがバズったり、注目されたりして、移住してくる人が増えることもあるかもしれない。

それはまったく、喜ばしいことだ。

しかし、それはそのために尽くしてきた人々を言祝ぐべき事柄であり、私の役割ではない。

私は外的要因に過度な期待をもっていない。むしろ基本的には、内部で、ありもので、いる人たちでやっていくしかないと考えている。

1,000人のムラには1,000通りの役割がある。押し付けられた役割が機能するとは思わない。

なればこそ、ある役割を自分から担いたい。1,000人のムラの役割を自分から引き受ける人が増えれば、1,000人の過疎地でもどうにかこうにかやっていけるのかもしれない。

それはちょっと興味深い社会実験であり、自己実験だ。自分が見出した役割をすぐさま投げ出すかもしれないし、案外しぶとく気長に続けるかもしれない。

私は、過疎とか人口減少とか、人類史上ほとんど経験がない事柄への対応策って、なかなか見つからないだろうし、何かやる度にその結果に一喜一憂して疲れ果てる未来を予想してしまう。

そういう状況の中では、とにかく頭をはたらかせないとダメだと思う。

不安定な環境と先の見通しが立たない苛立ちに、なんとか耐えられるオツムにしなければならない。

だから、理想をいえば、日々こつこつと本を読んで、オツムを鍛え、巡らせた思考を頭の外部に提示する。別に本だけでなくて良い。歴史や文化に触れる体験を各自で何かの形であらわし、他者と共有できれば最高だ。

そういう人が増えていけば良い。そのための学び場があるともっと良い。

希望をいえば、大人こそ学んでほしい。学んだことを子どもに伝えてほしい。

1,000人でやっていかねばならないのだ。皆のオツムが良くならなければ、とても無理だ。

アメリカ史から読み解く共同体論